はじめに
「送料無料」「運賃込み」。私たちはこの言葉に、あまりにも慣れすぎてしまっているのではないでしょうか。
トラック運送業界には、国土交通省が定める「標準的運賃」という制度があります。長時間労働・低賃金になりがちな運送業の運転者を守るために、国が「このくらいの運賃を目安にしてください」と告示している制度です。
たとえば、大型トラックで九州から関東まで(実距離1,097km、運賃計算距離1,100km)荷物を運んだ場合、国が示す標準的運賃は運賃本体だけで約34万3千円。これに荷待ちや荷役の料金が加われば、約36万円が国の示す目安になります。この金額感、意外に思う方も多いのではないでしょうか。
ところが、国土交通省が2025年7月に公表した調査では、はっきりした数字が出ています。
新しい標準的運賃の8割以上を収受できている事業者は、わずか約45%
国が「このくらいはもらってください」と示した水準ですら、半分以上の会社が届いていないのが実態です。この乖離は数字だけの話ではなく、長距離ドライバーとして走りながら感じている温度差でもあります。
しかも国は、この「目安」でしかない標準的運賃という制度自体を、2028年度をめどに終わらせようとしています。これに代わって導入されるのが、下回ることが許されない「義務」としての運賃です。つまり「送料無料」を支えてきた業界の力関係そのものが、この先数年で法律によって変えられようとしているということです。今回は、まず現在の金額の中身を見たうえで、その先にある制度の変化を解説します。

「標準的運賃」とはどんな制度か
標準的運賃は、2018年の貨物自動車運送事業法改正で告示制度が導入され、令和2年(2020年)4月に国土交通省が初めて告示しました。
運転者の労働条件が他産業と比べて悪く、荷主に対する交渉力も弱いトラック運送事業者を守るために、国が「このくらいの運賃を収受してください」という目安を示す制度です。
2024年3月には、この標準的運賃が平均8%引き上げられました(令和6年国土交通省告示第209号)。距離で計算する運賃は平均8.7%、車種別に見ると小型トラックで6.8%、大型トラックで9.0%、トレーラーでは12.3%の引き上げです。
このときの改定では、運賃の水準を上げるだけでなく、次の3つの見直しも行われました。
- 荷主等への適正な転嫁(燃料サーチャージ=燃料価格の変動分を運賃に上乗せする仕組みの基準価格を、120円/Lに設定するなど)
- 多重下請構造の是正(下請けに出す際の手数料を運賃の10%として別に収受できるようにする)
- 多様な運賃・料金設定(個建運賃の設定、速達割増など)
さらに、運賃(運送そのものの対価)と料金(荷役や待機など、運送以外の対価)を分けて整理した「標準運送約款」も、この制度とセットで運用されています。約款は用途別に8種類あり、一般的な貨物輸送のほか、宅配便や引っ越し、軽貨物輸送などにそれぞれ専用の約款が用意されています。
大型トラックの長距離運賃、具体的にはいくらなのか
「標準的運賃」と言われても、実感が湧きにくいという方も多いと思います。ここで、国土交通省の距離制運賃表(令和6年改定・大型車10tクラス)をもとに、実際のモデルケースで試算してみます。
たとえば、福岡市から群馬県庁まで(実距離1,097km、運賃計算距離1,100km)、大型トラックでパレット輸送をした場合、運賃本体は343,300円です。九州〜関東を大型車で走ると考えれば、実感に近い距離感の方も多いのではないでしょうか。
ただし、これはあくまで「運賃(運送そのものの対価)」の話です。実際の現場では、これに加えて次のような「料金(運送以外の対価)」が発生します。
- 待機時間料:最初の30分は原価に含まれており発生しません。それを超えた時間について、30分ごとに大型車で1,890円が加算されます
- 積込料・取卸料:フォークリフト使用の場合、30分ごとに大型車で2,340円。待機時間と合算して2時間を超える部分は単価が上がります
- このほか、有料道路利用料や燃料サーチャージは実費で別途加算
計算のルールが細かく、荷待ちや荷役がどの場所で・どれだけ発生したかによって金額は変わりますが、たとえば発地で荷待ち2時間・積込1時間、着地で取卸1時間というケースで試算すると、付帯の料金は1万6千円台〜1万7千円程度になります。運賃本体と合わせると、標準的運賃としての目安はおよそ36万円になります。
積込料・取卸料は、フォークリフトなどの機材を使う場合と手積みの場合とで単価が異なります(手積みの方が単価自体は低いものの、時間がかかるぶん総額では手積みの方が高くなる想定です)。また、横持ちや検品といった細かな附帯業務については、告示に単価の定めがなく、事業者ごとの実費精算になっています。
「送料無料」という言葉の裏には、こうした具体的な金額の積み重ねがあります。それが国の目安通りに支払われていない、というのが、次で見る実態調査の数字です。

現場では実際どれくらい浸透しているのか
制度としては整っている標準的運賃ですが、実際にどれだけ現場に反映されているかは別の話です。
国土交通省は、全日本トラック協会の会員事業者などを対象に、標準的運賃の浸透状況を毎年調査しています。2025年7月に公表された調査結果(対象:全ト協会員約1,100社、荷主約200社)によると、直近3年間で次のような数字が出ています。
| 項目 | 令和4年度(2022年度) | 令和5年度(2023年度) | 令和6年度(2024年度) |
|---|---|---|---|
| 運賃交渉を実施した事業者 | 約69% | 約71% | 約74% |
| 標準的運賃の8割以上を収受できた事業者 | 約45.3% | 約50% | 約45% |
(「荷主から一定の理解を得られた事業者」の割合も調査項目にありますが、年度によって集計方法の記載が異なるため、数字の混同を避けるためここでは割愛します。)

運賃交渉に踏み切る事業者は年々増えているものの、実際に「国が決めた水準の8割以上」を収受できている事業者は、この3年間ずっと5割前後で足踏みしています。むしろ令和6年度は前年の約50%から約45%へと下がっており、2024年3月の8%引き上げで基準額そのものが上がったぶん、「8割ライン」の絶対額も上がり、達成できる会社が減った可能性があります。
つまり、標準的運賃は「あくまで目安」であって、法的な強制力はありません。荷主との力関係の中で、交渉して初めて反映される仕組みです。
正直に言うと、うちの会社は比較的恵まれていると感じています。荷待ちが極端に長い現場は少なく、基本的に荷主と直接契約する形態が中心なので待たされることはあまりありません。それでも、順番待ちが発生する現場にたまたま当たると1〜2時間待たされることもありますが、そういう現場に行くこと自体がめったにないというのが実感です。取引先も元請けが中心で、二次請けが一部ある程度なので、多重下請構造の当事者になることもほとんどありません。燃料が高騰した時期も、会社からは「アイドリングに気をつけてください」といった呼びかけがある程度で、それを理由に給料が下がったことは一度もありません。
実際、今の会社の運賃は関東までで片道30万円以上、名古屋方面でも28万円ほど出ています。国が示す目安(約36万円)にかなり近い水準です。荷物によっては23万〜24万円ほどまで下がることもありますが、それでも会社からは「運賃がいい荷物」だと言われます。裏を返せば、「運賃がいい」と言われる荷物ですら、国の目安には届いていないということでもあります。
一方で、以前勤めていた別の会社では、関東までが高速代込みで10万円、積み込み不要の路線便の仕事でも関東〜九州で15万円という水準でした。一般貨物では13万〜14万円程度で、下請け構造の中に入る荷物になると、運賃はさらに安くなります。これは前の会社が悪いというより、荷主や元請けとの力関係の中で、安い運賃を飲まざるを得ない立場に置かれていたということだと思います。同じ長距離の仕事でも、会社や取引の階層が違えばこれだけの差が出ます。国が決めた目安と現場でもらえる運賃の間には、業界全体として大きな乖離があり、「送料無料」「運賃込み」といった言葉の裏で、その皺寄せがどこかの運送会社・ドライバーに向かっているというのが、今回の調査数字が示している現実です。
2024年問題以降、国が本気を出し始めた
とはいえ、国もこの状況を放置しているわけではありません。2024年問題(時間外労働の上限規制)をきっかけに、運賃転嫁と多重下請構造の是正に向けた法整備が急速に進んでいます。
まず2024年に成立した改正物流二法(改正物流効率化法+改正貨物自動車運送事業法)では、荷主・物流事業者に物流効率化の努力義務を課すとともに、多重下請構造を可視化するための「実運送体制管理簿」(実際に荷物を運んでいるのがどの会社かを記録する台帳のようなもの)の作成義務や、運賃・料金・燃料サーチャージなどを明記した書面の交付義務が導入されました。この法律は2024年に成立したものの、実際に施行されたのは2025年4月1日からです。物流効率化法についてはさらに、2025年度は努力義務、2026年度からは一定規模以上の事業者(特定事業者)に義務化という段階を踏んで施行されています。
続いて2025年6月には「トラック適正化二法」が公布され、2026年4月からは違法な白トラ(無許可事業者への委託)に対する規制強化や、貨物利用運送事業者(自社で車両を持たず、他の運送会社に委託して荷物を運ぶ事業者)への書面交付義務などが施行されました。あわせて、下請けへの再委託を原則2次まで(2回以内)に制限するよう努める規定も設けられていますが、これは罰則を伴う義務ではなく努力義務です。

2028年、「標準的運賃」はなくなる
そして、今回の調査で一番押さえておきたいのがここです。
2025年のトラック適正化二法には、国土交通大臣が燃料費・人件費・減価償却費などを反映して「適正原価」を告示できるようにする規定が盛り込まれました。この適正原価が本格的に導入されると、これに伴って標準的運賃制度そのものが廃止されることが、国土交通省の資料に明記されています。
適正原価を下回らないようにすることは、標準的運賃のような「目安」ではなく、「しなければならない」という義務規定です。トラック運送事業者だけでなく、他の運送会社に委託する側の事業者にも同じ義務がかかります。
本格施行は2028年度の初め頃までを目途とされており、今の時点(2026年)ではまだ標準的運賃制度が現行制度として続いています。ただし、数年のうちに運賃の基準そのものが「目安」から「守るべきライン」へと切り替わっていく方向性が、すでに法律として決まっているということです。
正直なところ、運行中に他のドライバー仲間とこの話題になったことはほとんどありません。標準的運賃や制度改正に関心があるドライバー自体が少ないというのが現場の実感です。ただ、運賃の水準は巡り巡って自分たちの給料にも関わってくる話なので、無関心ではいられないと感じています。

現場目線でのまとめ
国が示す運賃の水準と、実際に現場で収受できている運賃の間には、まだ差があります。今回の調査数字が示す「8割以上収受できているのは45%」という現実は、長く現場で走っている人間からすると、感覚として大きく外れてはいません。
一方で、2024年問題以降、国は運賃・多重下請構造への規制をかなりのスピードで強化してきています。2028年をめどにした適正原価制度への移行は、その延長線上にある大きな変化です。
運送業界で働く方や、これから働こうと考えている方は、「標準的運賃」という言葉だけでなく、今後「適正原価」という新しい仕組みに置き換わっていくという流れも、あわせて覚えておくとよいと思います。
「送料無料」「運賃込み」という言葉は、これからも変わらず使われ続けるかもしれません。ですが、その裏側にある運賃の決まり方は、目安でしかなかったものから、下回ることが許されないラインへと変わろうとしています。
荷物を運ぶのに、本当は無料の運賃など存在しません。国が示した目安にすら届かない金額で走っている会社があるとしたら、その差額は消えてなくなったわけではなく、どこかの運送会社の利益や、どこかのドライバーの給料・労働時間から埋め合わされているはずです。「送料無料」は、誰かが無料で働いているという意味ではありません。今回見てきた数字が示しているのは、その皺寄せの多くが、トラック運送業者やドライバーの側に向かってきた、という現実です。
出典
国土交通省「標準的運賃に係る実態調査結果について(令和6年度)」(2025年7月11日公表)
国土交通省「標準的運賃」関連告示(令和2年国土交通省告示第575号、令和6年国土交通省告示第209号)
国土交通省「標準的運賃Q&A集」、距離制運賃表・時間制運賃表(令和6年3月改定)
貨物自動車運送事業法の一部を改正する法律(令和7年法律第60号)
貨物自動車運送事業の適正化のための体制の整備等の推進に関する法律(令和7年法律第61号)

